標~準

赴任1ヶ月が経過し、少なからず、生活のリズムができつつある。生活費についてはまだ計算できてないが、最低限の生活スタンス(色々付き合いと呼ばれているものはあるが)を維持していくとなると、何とか余裕がありそうだ。(自己啓発に回すとしたい)
日本の友人には「タイはどう」という言葉を、挨拶代わりになんども聞かれたが、不思議とホームシックはない。留学時代もそうであったが、そうそう日本に帰れるものではなく、ある程度腹を括っていた来ただけに、大変さは感じつつも、生活についてはなんとかなりそうな気がしている。
タイ語学習も1ヶ月、いざとなる生活用語は「指差タイ語」で何とかなることもあり、スタッフとも笑いながら仕事が出来そうな気がしている(と思ふ)。
さて、英語は世界標準なのであろうか、全ての打ち合わせはやはり英語になる。日本人社員にとってタイ語が難しい為か、どうだか分からないが、ある程度のスタッフは英語を苦もなく話す。以前、中国の会社にも行ったことがあるが、こうではなかった。文化・民族を吸収するといわれるこの国では、その感性が違うように感じる。
とも考えると、普段使っている日本語はとても難しい言語だ。発音はそれほどでもないと思うが、語形の変化、文字、文脈、表現方法等、多岐に渡る。
英語が世界標準となっているわけを考えると 「簡単」だからである。簡単だからみんな使える。話せる。基本の文字(アルファベット)は26文字しかない。この簡単な言語に中高6年間苦労したのかは、現在でも苦労しているので、「簡単」と一喝出来ないのだが、ともかく簡単といえると思う。表現する恐怖からの脱出これが「簡単」であるものを「難解」にさせている。
最終的には人は必要に駆られないと、体を動かしたり、お金を使わない。ということで、少なからず仕事の難しい話は目下、英語ですることが最優先ということになり、英会話学校に通うことにした。
タイで英会話学校?
なんともおかしい話であるが、英語が「標準」であるかぎり、仕方ない。勤務先も日本企業の子会社であれば立派な「外資系」、ともなると英語が社内標準語になるのは当たり前ともいえる。レベルチェックを受けたのだが、日本にある同じ学校でうけた中国語のレベルチェック以下だった。まぁ、仕方ない。ゆっくりやっていこうと思う。でも、タイに来て、英語で痛めつけられるとは思わなかった。
学校のあと、部屋の窓から見える風景を探しに、近くを回った。聳える高層ビル。建設中のビルもあれば建設後、空虚のビル、97年のアジア通貨危機の影響もあり、骨組みだけで終わってしまったものもある。動き回って、窓からの風景を確認し、家の方向も確認しつつ、そのままフィットネスジムへと向かった。
「One・Two・Three and Four!!!」
ここでも「世界標準」が飛び交う。
手始めに簡単なマシーンを使って上半身筋トレを90分。最後にルームにこもって、ボールを使ったフィットネスに参加したが、これが迂闊だった。腹筋を中心に、鍛えまくるインストラクター、隣のちょっと太目の西洋人は寝転がって足を浮かす運動が終わるたびに、「はぁはぁ」言いながら足をバタバタさせていた。さて、こちらは少し若さをPRしたかったところだが、「ふがふが」言う羽目に。傍目には変わらない光景だと思った。情けない。
色々な痛みを感じつつ、「世界」に飛び込むしかない、しゃぁない。
この記事へのコメント